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そんな、今日この頃です。

地域、読書、哲学、倫理、メディア

キッカケとカウントダウン

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私が好きなラジオパーソナリティに、

伊集院光さんという方がいる。

 

クイズ番組で、よく見かけるあの方。

もとは落語家のあの方。

NHK 100分de名著のあの方。

 

伊集院光さんがメインパーソナリティを務める番組に、

日本文学者のロバート・キャンベルさんが出演した回があった。

32分という短い時間の中で、ロバートさんの日本への疑問が炸裂した。

 

人間は、自分のこととなると極度に盲目になる。

見えているようで全く見えていない。

見えていたとしても、自分が見ている自分と他者から見た自分は違う。

 

この場合の自分とは、なにも一人の人間を指しているのではなく、

日本人、男、女、主婦、子ども、メガネの人という括りをさすこともある。

 

ロバートさんは日本文学の研究者。

外国人でアメリカ出身であることをここでは強調する。

そうすると、一つの疑問が誰しも浮かび上がるはずだ。

「なぜ、日本文学に興味を持ったんですか? キッカケは何ですか?」と。

伊集院光さんも上記のような質問をした。

 

それに対してのロバートさんはこう言った。

「日本人って、2つとても好きなものがありますよね。

 キッカケいつまでに何をやるかというカウントダウンの2つです。」

 

私たちは、そんなことを意識して質問したことはなかった。

ただ、純粋に疑問に思うから聞くのだ。

しかしよく考えてみると、

何かを好きになるのにキッカケという点は存在するのだろうか。

いや、点が存在しないことのほうが多いのではないだろうか。

 

”自然と”

”なんとなく”

”いつの間にか”

”気が付いたら”

 

好きになるってそういうものではないだろうか。

興味を持つってそういうものではないだろうか。

 

しかし、日本人は点を求める。

多分、点があったほうが安心するのだろう。

 

 

2つ目のカウントダウンについても、ロバートさんは語った。

「日本人って、いつまでに何をやるとか、何時までにどこに行くとか、

決めるのが好きですよね。時限といいましょうか。

太陰暦や農耕民族であったことが深く関わっているのだと思います。」

 

例を挙げるなら、番付、年表、カレンダー、

このようなものを日本人は好む特性があるらしい。確かに。

ラジオではこの先、日本文学の時間の流れの話になったが今日は割愛。

 

キッカケなんてない。

これは、そぎ落とされて残ったものにすぎない。

それって、たぶん、おもしろいから残ったんだ。

好き、嫌いにも理由なんてない。

本能的なものとしか言えない。

 

本能的なものですべてが片付くとも思わないが、

この上なく便利で使いやすい言葉だ。

 

キッカケを意識しない生き方がしたいと思う今日この頃。